●8月の行事
八月踊り
 八月踊りは、一年の五穀豊穣(ほうじょう)と来年の豊作を祈念し、神前で舞った奉納踊りが起源。かつては「八月御願」と呼ばれた。初日の二十八日は字(あざ)仲筋の土原(ンタバル)御願所、

二日目の二十九日は字塩川のヒトマタ御願所であり、三日目の三十日は両字で行う「別れ」。明治以前は島でつくられた民俗踊りだけだったが、明治の始めから古典舞踊や組踊が沖縄本島から伝わったといわれる。

国の重要無形民俗文化財、多良間村の伝統行事「八月踊り」が旧暦八月八日から三日間、村内二つの御願所で開かれ、朝から夜まで子供から大人まで総出の伝統の素朴で、華やいだ演目に盛んな拍手が送る。

 三日目の三十日、仲筋と塩川の両御嶽で行われる「別れ」は、前日までの雰囲気から一転し、全体にリラックスしたムードで祭りの色彩が濃い。出演者全員が舞台を飾る総引きにも会場から飛び入りもあり、来年の八月踊りにつなげる島人たちの熱い思いが伝る。

 年に一度の村最大の祭りとあって県外や宮古島からの旅行者も訪れ、多くの村出身者らでにぎう。
 字仲筋では、「忠臣仲宗根豊見親組」と「忠孝婦人村原組」の二番の組踊を中心に民俗踊り、古典踊り、笠踊り、二才踊り、狂言など多彩に舞台を飾る。字塩川では「忠臣公之組」と「多田名組」の組踊二番など多彩な演目で終日盛り上る。



上野村宮国の大綱引きがウークイ
上野村宮国の大綱引きがウークイ(祖霊送り)の夜、宮国集落公民館前の道で行われる。同地区に伝わる旧盆伝統行事。同日朝から集落の人たち総出でキャーンと呼ばれるつる草(シイノキカズラ)を刈り取り、編んだ大綱を精霊送りを終えた地域や近隣市町村の人たちが参加して引き合い、豊年と集落の発展、祖先の供養する。
 上野村誌によると、宮国の綱引きは終戦前まで旧暦の七夕の晩から旧七月十五日のウークイまでの九日間引き合った。戦後は、旧七月九日からウークイまでの七日間になり、十年ほど前から綱の材料となるつる草やそれを編む中学生たちが減ったためウンケイの旧十三日から三日間に縮まり、九四年からは送り日の十五日だけになっている。
 午後十時すぎから、東西に分かれそれぞれの綱の周囲でマキプドゥス(巻き踊り)を踊り、ほら貝で景気をつける。
その後、西と東が綱をぶつけ合って互いに気持ちを高ぶらせ、およそ三十分かかってカヌチ棒が雌雄(東が雄綱、西が雌綱)の綱を結び、十五夜の満月に照らされながら力強く引き合う。
 最後は四つ辻で輪になり、男踊りと女踊りのある独特な宮国のクイチャーを舞い、夜遅くまで集落はにぎやかな雰囲気に包まれる。



旧盆 8月
先祖の霊の供養と一族の健康を願い、お墓で線香をたき先祖の霊を迎える。迎え日
には”ヤームトゥ”に一族が集いあう。